20年前土砂降りの地鎮祭。
高校の同級生もーちゃんにお願いして動き出したマイホーム。
柱にもーちゃんと共にサインして。

外構は高校の同級生の敏也へ。
安心出来る環境の中、みんなの力を借りて始まったのは良いのですが、やっぱり大金を借りないといけない時間が必ずやってくる。
ドキドキして借りた、人生初大金を借りた日。
70歳まで返し続ける大金を、銀行さんにお借りする。
信用の為に資格のコピーを出したり、経験値を伝えたり、とにかく簡単には借りられず、自分アピールを沢山した時間でした。
そして驚きの大金が入ったと思ったら、すぐに消えていく。
スタートは金利ばかりで、元金が全然減っていかないのです。
あれから20年、今もコツコツ返し続けながら、やはり人様のお金を借りると言うのはテンションが上がる。
金利が勿体無いと、沢山アルバイトをしながら、とにかく貯めて貯めて、繰上げ返済しながら。
笑顔の力
外壁は塗ったのですが、中も結構傷んでくる。
家に対して想いの無い、犬のふくや子供たちは、とにかく雑に扱う為に、もう気にならないくらい家が破壊されていくのです。
そんな中で、銀行さんからの、リフォーム話で意気投合。
とにかく気になったのは、癌団信に入れるのか。ここが入らなかったら、そんな気持ちにはなれなかったのです。
癌団信は、40代のうちに全て工事が終わらないといけないとのことから、打ち合わせから入れると、もうギリギリですねと。

癌の確率が高いとの検査結果から、驚く程の落ち込み方。

あの日知った自分の弱さ。
運良く違っていたから良かったですが、癌の治療の前に、心まで病んでしまう。
癌と診断された時、落ち込むことなく、まさに発想ひとつで、明るくなれる自分を創り上げる。
父が55歳の時、健康診断で知った余命1年。
悪性リンパ腫ステージⅣ。まさか過ぎて、家族が落ち込んだこと。
今でも覚えている。父のいない実家で、母親の報告に、姉と絶望的だったシーン。
そんな中、父だけ1人強く、笑顔は免疫力を上げるから、こんな時こそ笑っていかないといけないんだと。
どんどん痩せていく中で、私はもうダメだ。そう思ってしまったのが本心。きっと私だけじゃ無いと感じていたこと。
そんな中で、見事余命1年を克服した時に、本当凄い。心から感じて心から喜んだ日を経験するのです。
同じ血が半分流れているのに、父の強さの半分も無かった私。
そんな私が、また更に反省をする日がやってくる。
父が63歳の時、次は骨髄異形成症候群になり、生きる為には骨髄移植しか無い。
そこでドナーに選ばれた私。
選ばれた時、まるで私は英雄。息子よくやった。父からも父のお仲間からも。
そんな中、私は針恐怖症で、実はドキドキだったのです。
笑えなくて。父はこんな時だからこそ笑えと。いつもとにかく前向きな生き方でした。
私は、無理矢理自分を変える努力をし続けたのです。この身体は親父の為の身体なんだと。
自分の身体を、父に捧げる為に。
毎朝、まだ保育園の小さな娘と息子を抱きしめて、パパ行ってくるね。
それは、本番に向けて、夜中にいつも1ヶ月程、共に走ってくれたからこそ、応援してくれていたのです。
そして1週間くらい、白血球を上げる薬を打たれ続け。
針がとにかく苦手な私が、毎日2回の針。
実は初めの頃、怖過ぎて血管が細くなってしまっているとの理由で、採血が1回で出来ない日が数回あったのです。
身体ってどこまで素直なのか。
本当笑おうって心の底の底から、意識したのです。
そして次の日も、白血球を上げる薬を打たれて、再び採血。繰り返される毎日。
今日は1回で採血済んだなと、毎朝夏の暑い日に、仕事前に通い続けた総合病院。
3日目4日目と毎日続く針はり針。苦手なことをやり続ける日に、気が狂いそうになる。
でも笑わないと血管が細くなる。弱い自分は、どうやっても笑えないのです。
苦手は苦手。
そして1週間くらいした時。白血球を上げ続けた身体。採血した血を機械に通すと鳴ったブザー。
やったぁ。すると今日いけそうだねと親父の主治医の言葉。
え?😳まさか。え?本番?
心臓の鼓動が一気に荒れ狂うのです。今日?今?
笑おうと努力するが、もう冷静どころじゃ無い心の内。
イメージした手術室。怖いが先走る。親父の主治医の女医さんについて行くと、普通の部屋だったのです。
はぁ本当良かった。気持ちが落ち着いたこと。
するとトントントンと速い展開。これまでとは違う針の太さ。
もう笑えないのです。でも親父と約束した、こんな時だからこそ笑え。
創り上げた笑顔。口角を上げても絶対ぎこちない。あれだけ怖い経験をしたことがない。
笑え笑え。久志笑え。念じる。あかん笑えないと、iPodをつけて良いですかと。シャッフル再生の中で選ばれた歌が、長渕剛さんのひとつでした🎵
妙にピッタリな音楽で。
かなり心落ち着いたところで、深く深呼吸して、よろしくお願いします。
ここまでは、これまで話していたこと。この後まだ話はあるのです。
女医さんが刺した太い針。私の血管が怖さのあまり激細だったか、失敗するのです。
私は溢れる血を見た瞬間、一気に血の気が引く。
大丈夫ですよーなんて言いながら、全く大丈夫じゃ無くて。
しかし2度目はしっかり血が抜けて。
すると先程の溢れた血が理由なのか、両手にモミモミする柔らかいボールを握って欲しいと、もんどいて下さいと。
そうしないと血の量が少なかったようで、そこから3時間程抜かれる血。
機械に入って、又自分に戻ってくる。ずっと手を動かしながら、そしてつきっきりな担当の方。
私は大丈夫ですから、1人でいいですよと。すると意識を無くされてしまう方もいるのでと。
全てがしんどくて、何か話したいなと、これってトイレとかどうするんです?
私がやりますからいいですよ。
え?😳絶対嫌。見せるものですかと夢中に3時間モミモミして。
そしてやりきった時に、これで量があれば今日で終わりです。
足りないこともあるの?まさかね。
すると、後少し足りないから明日もまた白血球を上げる薬入れますねと。
もう完全笑えないのです。はい畏まりました。心で笑う努力をし続けました。
次の日も、同じ様に細い針で白血球を上げられて。もう完全克服した時。その時は。
そして採血。しかしここで、昨日の怖さを思い出し、採血が出来ず。
本当身体はちょっとのことで反応する。本当に笑顔って免疫力を上げるを知る。
そして手の甲から採血。初体験ばかり。もう身体は針まみれ。
こんな針嫌いが、あの日のおかげで、かなり強くなれたこと。
そしてまた異常値を知らせるブザー。またあの会議室の様な普通の部屋に通されて。そしてドッキドキの中、刺された太い針。
見続けた管を流れる自分の血。機械に入りまた返ってくる。
ポタポタと親父に流すピンクの血が少しずつ溜まっていく。
早く取れろ採れろと、願いながら。
すると1人の白衣の男性。やっぱひっくんだよね?あれもっちゃん?一気に気持ちが明るくなったのです。
親孝行してんじゃん。でもこれ大変だよねって。大変どこじゃないね。
何今日はもっちゃんが担当?
トイレしたいとなったら誰がやるの?俺に決まってんじゃん。
触っちゃう?なんて心から笑えた、仲間の力。
あれから20年
父から学んだこと。
笑顔は免疫力を上げるのです。身体は誰よりも超がつく程素直なのです。
笑う為に。また頑張る為に。また借金しっかり振り出しこの歳で。
でもここまでやらないと、自分は笑えないのです。親父の様に強くないなら、強く出来る環境に敢えてしてみる。
間も無く解体が始まるのに、もう3000文字。そして寝不足。
そんな日もいい思い出。

昨夜、深夜2時に子供達に落書きしていいよって。
大きくなったお前達を、抱きしめること我慢するけど。
よしパパまた頑張るわ。
本日も大切な方を想い、笑って笑って行ってらっしゃいませ👍
こうやって笑えるのは、心から言えるみんなのおかげ。いつもありがとう。そして今日から3ヶ月、実家にみんなで引っ越します(´∀`)
なぎ














