のりさんが、宅さんのシェアハウスに選んだ、保護猫の『大くん』🐈
何故第1号にこの子を選んだのか。
保護猫を1匹でも救いたい。50匹以上はいる保護猫ちゃんの中で、目が青かったり、白猫というのは、比較的寿命が短かったり、弱い事が多いという。
そういった話の中で、宅さんものりさんも、あえてこの猫を第1号として迎え入れたいと心惹かれる
データというだけで、強い子かもしれませんが、もし例えどんな状況になろうが、責任持って育て上げたい。その想い。
命あるもの最後まで責任持って育て上げる。そして、1匹いっぴき救いたい想い。
どんな風に入居人さんを迎えいれてくれるのか、楽しみです。来月には再会です😊
そしてのりさんが、宅さん奥様の様に、猫アレルギーを克服するのも目標のひとつなのです。私もあの50匹以上の猫には、身体が反応しましたが、それ以上にひどいのりさんの身体の異変🤣
びびびと来た大君に会いに行く度に、心惹かれ、身体掻かれ、心引かれ、びびびの恋でどう乗り越えていくのか、見物な物語🤣
のりさんも私も動物大好き💗
のりさんが実家にいる時、のりさんはコーギーという犬を飼っていました。名前が出てきそうで、喉まで出てきていますが、何でした?それはそれは大切に飼っていました。
常に一緒に生活され、部屋中走り回る、それはそれはやんちゃな犬でした。
でも凄い事は、亡くなるその数日前まで、朝眠たいのに、コーギーちゃんが大好きな散歩に、毎朝出かけていました。
どれだけ私達と夜遊びしようが、必ず散歩に出かけ、同級生から、あいつどうしちゃった?という程。本当に大切に育て上げられ。この頃は見た目ジャックナイフ時代だったのですが、その頃から、心は優しいペーパーナイフ😊
しかし名前が出てきません。佐助?ゴンタ?
私は実家にいる時、小学校1年~4年までジャッキーという雑種。中学1年~24才までシーズーのアトムという犬を飼っていました。そして30歳~ミニチュアダックスの譲二。犬がいる生活のが長いですね。
実家にいる時は、それはそれは毎朝散歩に行くからという約束にも関わらず、結果散歩出来ずに、母任せにしてしまった犬達。
しかし命あるものは、必ず死を迎えます。雑種の犬は、病気となりたった4年の命でしたが、小学4年生の私は、もう泣けて泣けて、あれ程泣いたのは初めてで、今もあの日の涙の量を超えた事がありません。
大切な生き物の死という経験も無く、気持ちをどう整理していいかも分からずに、泣きすぎて、目の周りがピンク色になり、学校に行けばキョンシーと呼ばれた思い出。
涙が枯れる。そんな経験をした時でした。もう涙が出ないのです。それから、ペットはもう絶対に飼わない。これがその時に感じた思い。
しかし、あの可愛さが忘れられず。ペットが隣にいる生活が多いですね。
でもあの日の涙は、命の大切さの教育にもなり、今こうやって優しい青年。いやオヤジになっているのかもしれません🤣
そんな私達。猫があまりにも、あまりにも、あまりにも大好きな宅さんの想い。保護猫を一匹でも、殺処分されずに幸せに暮らして欲しい願い。その願いは私たちも一緒。
大くんが、宅さんシェアハウスに来月やってきます。
宅さんの夢の始まりですね。夢を形にする時。そんな方に選ばれた保護猫第1号の大君
また彼の成長を追っかけていきます💗
さあ、子供達が起きてきました。私も準備開始。
雨の月曜日ですね。足元お気をつけて、いってらっしゃいませ。
なぎ