2月22日2時22分22秒は聖地に行く。

直樹がいつも大切にしていた場所へ。
尊敬する人
何故直樹は聖地にしていたのか。香川県で単独型居宅経営をしている壷内社長さまを、とにかく尊敬していた直樹。
壷内社長さまが直樹のことを知り、直樹に連絡して、東京に逢いに行ったのが始まり。
直樹は直樹で、なんか田舎モンが俺に逢いに来るらしいぞと。みんながみんなギラギラな時。
ギラギラな直樹は、そこで鼻を折られたと何度も言っていた2人の出逢い。
圧倒的な人間力、経営力を尊敬し、直樹はその後、香川県へ行き、どんどん壷内社長さまから学んでいく。
学びに行きながら、いつもアンタはねと叱られていた時間。
そこから、なぎさんにも逢わせたいと紹介して下さったのが始まり。
本当直樹の言っていた通り、素晴らしい人間力。その日から毎年逢いに行く関係に。
その際、大阪で単独型居宅を経営する、なないろさんのなべちゃんと、林さんを逢わせたい。
壷内社長さまと直樹に逢わせる日に決めた日が、なないろさんだけに、令和2年2月22分2時22分、ななつの2に逢おうと。

同じ想いだけに、そこから更に色々と繋がっていくのです。
その日から、この2月22日2時22分22秒は、毎回香川と言う聖地で集まりたいと、直樹の想い。
1年前から手帳に刻まれた日。
今回も、今日2月22日2時22分に直樹を聖地に連れて行き、そこでカシスオレンジをのんびり飲んでいたいと、ただ宿を予約しただけ。
素直になれた場所
直樹が何故聖地だと言い続けたのか。そこには、尊敬する人との時間を大切にしていたことと、直樹は毎晩いつも叱られていたこと。
ズバリといつも言ってくれるメンバーに、居心地が良かったこと。常に鎧でガチガチだった直樹が、ホッと素直になれた時間。
初めは私も一緒に言っていたことも、途中からはフォローに入る様になり、その後は今日も姉さんにこっぴどく叱られたなぁなんて、2人でよく笑った時間。

その立場を分かって下さる尊敬する方。心込めて叱ってくれる時間は、素直に頷けた直樹だったのです。
時にはぶつかりそうな時もあった夜。でもいつも学びばかりで、直樹はいつも幸せそうな顔をしていたのです。
名前を呼ぶ時も、姉さん〜なぎさん〜って常に順番を大切にしていた直樹。
葬儀の日、立派な目立つ場所に壷内社長さまの供花。隅々まで直樹らしいなって感じたこと。

供花を並べる順番も、大切にしていた直樹。
葬儀は身内だけでと直樹は言っていた中で、貴方だからこそ、社葬でやりなさいと言った壷内社長さまの言葉で、直樹の目がガラリと変わり、社葬に変えたこと。
最後の最後まで笑って送って欲しいと言う様に、葬儀の前にお酒飲んで食事も出して下さり、まるで同窓会も直樹の愛。

壷内社長さまとずっと隣で、直樹本当に亡くなってしまったねって。

あの日の『さようなら』

壷内社長さまが、私の前でなおきにかけた言葉。

直樹と出逢い、この日の辛さを超えて、最後のさようならを言った時が、1番辛かった時。
最後のさようならの言葉。もう2度と逢えないさようなら。人生初めての経験でした。
3人でのライングループがあり、色々語ったラインでした。最初に俺癌だったと言う連絡も、そのライングループでの報告。俺絶対負けないからと。
みんなそれぞれ落ちる時があり、その時はみんなで励まし合った時間。
よく似た環境だからこそ、苦しみも喜びもよく似ていて、みんなも素直になれた時間だったのです。
そんな直樹を、今年も聖地と言い続けていた場所に連れていく。
さあ直樹くん。行こうかね。4時間乗り物に揺られて、のんびり直樹を想いさぁ出発。

ボクもボクも〜と尻尾ふりふりな福。福行ってくるね😊
本日も笑って笑っていってらっしゃいませ✊
だいふくギャラリー秘密の部屋。合言葉はnaokiのまんま(´∀`)
なぎ














