正月に流れていた、石井亮次アナウンサーの話。
2000年にアナウンサーになったと言うのです。突然父親から、阪神タイガースのバットだけが送られてくる。
父親は無口な人だっと言う。
また関係性もあまりよくなかったことで、その理由を聞くことなく、亡くなってしまったと言うのです。
仕事を選んだきっかけ
そんな石井アナウンサー。小学3年の時、家族と共に野球観戦に行った甲子園球場がきっかけだったそうです。
その頃から野球が好きになり、学校で野球実況をみんなの前でやると、みんなが大喜び。
みんなの笑顔から、いつか僕もアナウンサーになりたい。
アナウンサーとなり23年。大活躍の石井亮次アナウンサー。
正月番組での、不思議な仕送り大調査SP。
なぜあの時父親はバットを送ってくれたのか。母親に聞いてみたいと。
その理由がなるほどなって。
原点忘れたらあかんで。お父さんはそのことを伝えたかったんだと。
原点回帰
これまでの自分を振り返ると、慣れてきた時に大きなミスを何度してしまったことか。
新人の時は、しっかり何度も確認してきたことも、大丈夫だろうといい加減にしてしまうことで、結果ご迷惑をかけてしまう。
その経験から慢心になるなと、後輩達に伝えるが、言っている自分が一番慢心となっていたこともある。そこからやっぱり大きなミスに繋がってしまう。
何度も感じたこと。原点を忘れるな。結果この言葉だったのです。
何度も繰り返すこと
もう知ってるよ。そんなことも、繰り返し学ばないと、いつからか誤った理解をしていることだってある。
このケアマネの仕事にも勿論、知らないでは済まされないルールが沢山ある。
覚えることばかり。また3年に1度改定があることから、これまでのルールでは通用しないことも沢山ある。
結果その誤りが、大きなミスとなりみんな笑えないことが起きてしまうのです。だからこそ取り入れた1日勉強会では、とても大切な時間となっている。
10周年だからこそ
(株)だいふくは、今年9月3日皆様の力のおかげで10周年を迎えられる。
ずっと繰り返し、自分に言い聞かせていること。左の1を取り除きゼロスタート。10周年だからと勘違いしたり、慢心になりやすい時。
忘れてはいけないスタートライン
だからこそ、このテレビを見て改めて感じたこと。私も原点を思い出すアイテムがひとつあるのです。
25歳初めてのケアマネの仕事に就いて、とにかく苦しんだこの仕事のスタート。ケアマネ仲間は誰一人いない時代で、ケアマネ先輩達がとても怖かった時。
不安で挫け続けた毎日に、プレゼントしてくれた応援アイテムを、ずっと肌着の上から首にかけ、ワイシャツとネクタイで隠して仕事をしていた25歳。この中に紙が入っている。だいふく10周年で開けてみたくもなる。
夏は暑かったアイテム。また今年の夏からやってみようか🤭
本日も心わくわく👊いってらっしゃいませ👊
原ひろき物語 今日からの隠れブログは激変した一人の物語。とにかく人生を大きく変える人は、これしかないと思うこと。そんな原ひろき物語を、本日よりどうぞよろしくお願いいたします。
なぎ