『死ぬかもしれない』
体調不良から、そんな経験をした事がある仲間のひとり。沢山前向きに笑い、見事に流れを変えて、元気に生きる事が出来た仲間の一人がいるのです。
そんな病を乗り越えて、チャレンジしたマラソン。
例年、最後の最後で、身体も脚も、気持ちもつらくなってくる、35キロ地点辺りで、映し出される言葉。毎年変わるそうです。
その言葉が、胸に大きく響き渡る
こんなに頑張れる
自分に出会えて
よかった。
楽しむことを、決めている。
生きるか死ぬかを経験し乗り越えた今、ここまで走れた今、とにかくしんどい今、全てが感謝に変わり大粒の涙に変わる。
でも一度背負ったもの。体調ひとつで、あの日の恐怖が一瞬で返ってくる。
今後どうなるかなんて、誰もが分からなくて、突然訪れる不安があるもの。
そんな不安。父が何もしなければ、悪性リンパ腫ステージ4、余命一年と言われた日、私はもうダメだと実は思ってしまったのです。私だけでなく、母も姉も。
でも、父だけは楽しむ事を決めていたのです。
笑えば免疫力が上がる。そして病気なんて治るんだと。父に会いに行く度に何度も言われ、いつも笑っていたのです。
隣のじいさん、本当イビキがやかましかったけど、今はもう慣れて子守唄だわ
隣のじいさん、もうすぐこの時間にイビキの合唱が始まるから楽しみにしてて
そんな話から、途中からみんなと仲良しになっていて。ここはみんな同じ血液の病気で、俺のクラスメイトみたいだわ
常に、おう◯◯さん大丈夫か!暗い顔しとったらあかんぞ!笑っとらなあかんぞ!
でも最終的には、寝れんわと個室に変わるのですが。
どんな辛かろうが、仕事は順調か?仲間は大切にしろよ。そんな事ばかり言う父親でした。
そして宣言通り、見事に完治してしまうのです。そして、結果を出した父は、自ら本を作り、病院のクラスメイトや、同じ病気で悩む仲間やその家族に本を配り、元気を届けるのです。
笑いが一番の良薬だと。
でも実は、元気になった父親から後で聞くのですが、本当は涙が止まらなかったと。
ひとり夜になると不安になると。泣けて泣けて、涙が止まらなかったと言う。とにかく不安でね。とにかく怖くてね。それでも周りに笑ってろって励ましている父親が、泣く姿なんて見せられなかったと。
でも見事に、悪性リンパ腫ステージ4を完全完治させ、骨髄異形成症候群になるまで8年間、とにかく元気に生きてくれたのです。
医師もやると思ってましたが、本気で治しましたねと。その後、私とおんなじ歳の担当医を恩人と言い、何度か飲みに連れて感謝したと言う。
そこで心から感じた事は、やっぱり笑う力はとにかく大きいと言う事。
とにかく辛くても、笑い続けた父。
とにかく辛くても、笑い続けた仲間。
そんな頑張り続けた、自分の姿だからこそ、こんなに頑張れる自分に出会えて良かったって、心から思えるのでしょうね。
死ぬかも。私がそんな状況になった時、さすがにお二方みたいに笑えないかもしれません。
本当凄い事です。楽しむ事を決めて、笑いが一番の良薬だと、無理してでも笑い続ける。
本当は辛いのに笑う。すると不思議と免疫力が一気に上がる。
愛知県も緊急事態追加。後一踏ん張りと何回感じた事でしょう。誰もが経験した事のないからこそ、先の見えない闘い。
でも思う。やっぱり笑いが一番の良薬。
そして乗り越えた時、みんなで思うのでしょうね。
本日も大切な方と共に、より笑顔多い華金となります様に👋
なぎ